月別アーカイブ: 2017年9月

授業づくりの核となるもの

授業のゴールは「学生の、その分野への興味を引き出すこと」。
 
だから、「この授業って楽しいな、興味深いな」という感覚を
持ってもらうことを1番にした方がいい。
 
知識をつけることは、その分野の本を読んでいけばある程度できる。
そして、その本を読んで、書かれていることを「とりあえずやってみよう!」と
思うためには、「やれば自分にとってプラスになる」という確信があればいい。
そうすれば、人は勝手に行動して成長していく。
 
「読む」「調べる」「やってみる」という行動に移るための土台づくり。
 
自身の将来を良くするために、主体的に何かに挑戦しようとして、
そして成功や失敗の積み重ねから、できるようになる。
 
そのために必要な”心の熱量”の源泉となる
「興味」と「確信」を引き出すことが、僕にとっての”授業”だ。
 
 
 
そのためには、「学生の興味を持っていること」と「授業内容」が
体感で結びつく授業構成であることが大切。
 
例えば、
この後期、僕が大学で教えていくのは
「文章力」と「スピーキング力」向上のための半期講座。
 
その中に、「文章構成」を教える回があるのだけれど、
ただ「この順番で書けば、言えばいいよ」と伝えても
積極的に「さあ、練習しよう!」という気にはならない。
 
 
ここで大切なのは、「こうすればいいよ」と何の工夫もせずに伝えた時に、
「学生がどう思うか」を考えること。
  
予想した学生の反応から、興味を引く糸口を探すのだ。
 
「めんどくさい」と思いそうなら、「やらなかった方が面倒だ」と。
「自分には関係ない」と思いそうなら、
「これができれば、バイトで上司や仲間から一目置かれるよ」と。
 
心に残るポイントを予想して、そして実際に授業でやってみた”トライ&エラー”の先に、
「学生それぞれが描く理想の未来のために、彼らが想い通り動けるサポートをする授業」が
出来上がる。
 
僕にとって「授業の上手さ」とは、つまるところ「他者理解の上手さ」。
どれだけ相手の心に寄り添って、本心が望んでいるものを見つけ出し、
提供する能力を磨き続けることが、
教える側に求められている能力だと今は思う。

熱量を常に持ちながら行動できる方法

人は飽きる。
 
何か1つのことに集中し、熱中していても
うまくいかない瞬間があったり、
何かやる気が出せなかったりして、
どうしてもスタート時の「熱量」が落ちてしまう時がある。
 
そうなると思った以上に時間がかかってしまうし、
何より楽しさがほぼない。
たとえ好きなものであっても、
毎食同じものを食べ続けたくないのに似ている。
 
 
 
今までの僕の基本方針は、
「やることは1つに絞って集中的にやる」
 
去年そうするのがいいと教わって、『ワン・シング』という本で
その意見の確信度を深めながら1年間ぐらいやってきたのだけれど、
最近合わないな、と感じることが多くなってきました。
 
 
そこで、小耳に挟んだある方法を実際やってみたところ、
これがめちゃくちゃ良かったです。
今の自分にとても合っていました。
 
「まあ、飽きることは当たり前だし、別にいいよね」
って気楽に構えられるのが何よりいいところ。
 
 
 
その方法とは、
「やることを3つ以上にして、
1番熱量が高いものをその時その時行っていくこと」
 
やる気が落ちてきたり、飽きてしまったりしたら、
その段階で他の熱量が高いものを次々と選択し、
やっていく。
 
そうしていると、RPGのマジックポイントのような
「やる気メーター」が、他のことをやっている内に
勝手に回復していくんです。
 
 
 
 今、僕がやっていることは、
・大学、塾の授業作り
・中学生の学習補助教材の作成
・リニューアル中の個別セッションの資料作成
・依頼を受けて書いているライターとしての原稿
・個人的な書き物
・知識の仕入れにあたる、本や動画からの情報収集
 
これらの行動をぐるぐる循環させることで、
今はいい感じに進んでいます。
 
 
 
しかし、この方法には1つ注意が必要です。
「やること=やりたいこと」になっているかの確認は
やっておいた方が良いです。
 
そもそも「やりたいと思っていないこと」では
「やる気メーター」が回復しないから。
 
まずは自分の「やる気メーター」がどこにあるのかが
見えているかはとても大切です。
 
 
  
「やること=やりたいこと」になっている方には
「やることを3つ以上にして、
1番熱量が高いものをその時その時行っていくこと」がオススメです。
 
一度、自分に合うかどうか実験されてみても
いいかもしれません^^

久々に悔しく思った話

先日、ボ〜っとFacebookを眺めていると、
ジワジワと胸に悔しさが湧き上がってきました。
 
そのきっかけになったのは、
「大人になってからの勉強は楽しい」という投稿をされた方に対し、
同意のコメントがいっぱい付いていたのを拝見したことでした。
 
 
 
今でこそ勉強するのが好きで、
本を読んだり書きものをしたりするのですが、
もともとは勉強が面倒で、30分も勉強しない少年でした。
 
僕が勉強自体の楽しさを知ったのは大学3年生のとき。
 
教員免許を取るための授業で、
確か「国語科指導法」という科目でした。
 
そこで学んだのは、
「国語ってこんなに奥が深いんだ」
「言葉の奥にある情景ってこんなに美しいんだ」
という”感動”。
 
それ以降、勉強量が数十倍に膨れ上がりました。
 
 
 
Facebookで拝見した投稿に対し、何に悔しさを覚えたのかを考えてみて、
出てきたその矛先は「自分の授業」でした。
  
今、僕の授業を「先生の国語は楽しい」と言ってくれる学生はいるけれど、
あの時の感動を覚える授業にはなっていないし、
本物の実力をつけさせるためにはまだまだ改善点がてんこ盛りです。
 
「気づきが生まれる感動を味わってもらいたいけれど、
 まだそれが想像通りにできていない」
 
その想いが生んだ「悔しさ」を思い出にするために
今日もレベルアップに励みます。